2.「チャレンジ型人事制度」の意味と背景
仕事に対する社員の動機を最大限に高める
 さて、それでは、この「チャレンジ型人事制度」は、なぜ伸展してきているのであろうか。
 まず第一の要因として挙げられるのが、「働く側の仕事に対するモチベーションリソースが大きく変わってきた」という点である。
 「生活水準・給与水準の向上」や「転職に対する抵抗感の低下」といった働く個人を取り巻く環境の変化は、一昔前に比べ、個人の仕事に対する考えを大きく変えてきている。つまり、「1円でも高い給料を目指してがんばろう」、「上司から褒められよう」といったモチベーションリソースは、個人にとって「やる気」を起こしていくうえで十分に機能するものとはいえなくなってきた。そして、マズローの欲求5段階説を引用すれば、最高次の「自己実現欲求」的な、「自分のキャリア開発にとって意味のある」、「仕事そのものに対する興味・関心が強い」ことへの魅力がますます高まってきているのである(図表4参照)。
 そうなってくると、「就社から就職へ」という言葉に代表されるように、「どこに勤めるか」よりも「どんな仕事をするか」といったことに対する意識が高まり、その結果、「自分の意に沿わない仕事をするぐらいなら、転職も辞さず」ということになるのである。
 そこで、「退職」という最悪の事態を防ぎ、社員一人ひとりの動機を最大限に高めていくために、会社としても個人の意思・志向に沿った職務をできるだけ用意していく仕組みとして、「チャレンジ型人事制度」を設定していく必要が出てきたと考えられる。
図表4 マズローの欲求の5段階と仕事を通して得られる報酬
「チャレンジ」することは、個人にとって重要なリスク管理
 また、新しい職務に積極的にチャレンジしていくことは、働く個人にとって「キャリア開発上非常に重要である」という認識が広まってきたことも、「チャレンジ型人事制度」伸展の背景として見逃せないことである。
 経済状況が右肩上がりでなくなってしまって久しいが、「今の時代において、自分自身の力量が実質的に向上していかなければ、十分に魅力的なキャリア開発をしていくことができない」ということに、社員は気がつき始めている。そして、大企業といえども未来永劫存続するわけでもないことが明らかになってきた中で、従来のように「会社の計画的な人事に黙って従っていれば自然とキャリア開発が図られるということではない」ということも見えてきた。
 自分自身の仕事の力量を向上させていくうえでの手段として、「そのことが期待できる職務に実際に就くこと」は最も有効である。「今のままでは成長することができない」という予測と「あの仕事ならば今よりレベルアップしていくことができるかもしれない」という期待との間で、社員一人ひとりが新たな仕事に「チャレンジ」していく機会をねらうようになることが求められているのである。

 その意味で、「チャレンジ型人事制度」は、これからの時代を生き抜く個人にとってのキャリア開発を考えていくうえで、重要なリスク管理をしていく機能であるともとらえることができる。
「組織戦略」のニーズから「チャンレジ型人事制度」は発生
 ところで、「仕事選択への本人の関与を高めることで動機づけを図る」、「これからの時代に生きていける人材を開発する」という「個人のニーズ」からの理由だけでは、「チャレンジ型人事制度」の説明として不十分であることには、ぜひ言及しておきたい。
 企業経営を展開していくうえで、組織の論理と個人のニーズのどちらを優先するかという議論は「卵が先か鶏が先か」といったものではなく、間違いなく「組織の論理」が優先されるものである。したがって、「個人処遇」や「人材開発」は当然「組織戦略」の考え方に沿って推進される。
 今の各企業にとって、多様化・複雑化するマーケットニーズのなかでより優位にビジネスを展開していくためには、柔軟かつスピーディーに組織を対応させていくことが不可欠な戦略であると言える。そして、その「柔軟でスピーディーな組織戦略」を実現していくうえでの仕組みとして、「チャレンジ型人事制度」が機能するのである。
図表5 「チャレンジ型人事制度」の背景
「チャレンジ型」のキーワードは「スピード」と「効率」
 柔軟かつスピーディーに組織戦略を推進していくためには、「組織の立ち上がりをいかに速くかつ効率的に行うか」が極めて重要な命題となる。そして、その具体的な姿として以下のような課題の解決が求められる。
 ・ときとして大量になる必要人員数の短期間での確保
 ・「人材ニーズの発掘→募集人事決定」のプロセスの省力化・短縮化
 ・即戦力人材の登用(育成期間の短縮化)
 ・早期のチームワーク作り
 ・組織の改廃等により発生する余剰人員の適切な処遇の速やかな決定
 つまり、「できるだけ早い時点で、すぐに、トップスピードで、期待にかなう仕事ができる人材を必要数確保し、無駄を作らない」ということの実現を目指したい。この視点から言うと、「チャレンジ型人事制度」は実に合理的である。
 「社内公募制度」では、「社員に対して一度に広く人材募集を行う」ということで、異動の候補者名簿を瞬時に作成するということができる。これは、一人ひとりピックアップしていくことを余儀なくされる「組織選択型人事制度」では考えられないスピードである。
 ましてや、応募するというのは、本人たちがその職務を「希望している」ことであり、職務遂行上最も重要な「適性」も有していると考えられるので、即戦力化の第一段階はクリアすることができる。
 また、応募者たちは、募集された職務の内容や条件について比較的十分な情報を持っており、ある程度適切に「選択」していることが期待できる。しかも、彼らの人材としての必要情報は人事部門で把握できている。その意味では、社外からの中途採用者で必要人材をまかなおうとする場合にかかる「募集→説明→人材評価→採否判断→導入教育」といった一連の手間やコストとは比較にならない。
 「社内FA制度」の場合はもっと効率的かもしれない。「人材情報」は先行して登録されているのである。各組織では、その人材が自らの組織戦略に照らして「必要か否か」を判断するだけであるから、スピードと効率の面から言ったら、この上ないものであろう。
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